2017年12月11日 (月)

社会復帰はまるで登山

私はアウトドアが嫌いである。
山に登ったり海で泳いだり川でバーベキューしたり…が全部苦手なんである。理由は「不快だから」ダメなんだと思う。汗かいたりベトベトしたり雨や陽にさらされたり煙にまかれたり焦げた部分を皿に入れられたり蚊が飛んできたり…がすべて「不快だから」アウトドアを敬遠してしまう。なぜ!それを!屋内でやらないのか?といつもツッコみたくなってしまう。快適な屋内にいるのが好きだ。日本人だから一生に一度は富士登山を…とは絶対思わない。富士山はポストカードで見ればいいのだ。現物よりきれいだしね。


でも今、私はSHUの手によって釣り好き女子にさせられそうなんである。「AZUと一緒に釣りをしたいなぁ、アジアに釣り旅行に行きたいなぁ」とキラキラな目で言われるから「そうだね!行こうね!」と答えると、SHUは早速「AZUの竿はこれを買おう。リールはこれ。ルアーはこれ。使い方は…」とプロデュースを始め、私はいつのまにか最近毎晩、初心者がプロアングラーから釣りの基礎を教わる動画を見せられている。ピンチだ、ピンチなのだ!私はインドア派なのだーーー!


そんな私は、仕事のために家を出発するのも非常に億劫で、仕事がいつも人生の鬼門である。解離性障害や双極性障害で入院したことが5回ある私は社会復帰も少なくとも5回以上トライしてきた。今日はその体験を書こうと思っている。病気から回復する過程も時間と体力と気力を相当使うのに、世間はさらにそこから「社会復帰」することを要求してくる。つまり、退院した日からすぐに「で、いつ仕事を始めるの?」という無言の圧力が肩に重圧となってのしかかってくる。仕事しないと誰かの世話になるしかないし、経済的に自立しないと次のステップに進めない。それは重々わかっているのだけど…社会復帰の過程はつらいことの連続でまるで冬山登山のようだ。


私が最初に入院した時は退院後完全に寝たきりのようになってしまった。気分は落ち込むばかりで体は年寄りのように思うように動かず、寝室から台所まで歩くだけで疲れ果ててしまうような感じだった。それでも何ヶ月も寝ているわけにはいかない。いずれは仕事を始めなければ。まだ25歳くらいだったのに、早く人生を終えたくて将来に対して非常に悲観的で、やりたい職業も就きたい仕事も何一つなかった。やりたいことを探そう…何でもいい、心がうっすらとでも興味を感じるものに出会えたらそれを自分にやらせてあげよう、と思っていた。


私はまず「親のいる実家から出たい」と思い、それならどこへ?と考え始め、「日本国内で行きたいところはない」という結論に至った。そこでロシア行きの情報を調べ始めるもビザが難しいことがわかり、結局中国を目指し始めた。当時の日記には「中国でならもう少し生きていてもいいかな、と思える」と書いてある。人生経験の浅い私は社会復帰の場所として海外を選んだ。親から完全に離れて誰も知る人のいない街で自由に暮らす、そしたら病気も良くなるはずだと漠然と思っていた。そして退院から半年後、私は所持金三万円で上海に引っ越していた。上海で最初にビザをもらった会社を3ヶ月で辞め、その後は食費程度しかもらえないお店で店番をしていた。お金はいつもないに等しく、交通カードに100元チャージするとしばらく食べるものに困るほど貧困生活を送っていた。当時の上海で私より貧しい日本人はいなかったんじゃないかな、と思うほど。ペットボトルを集めて屑屋に売りに行って飲料水を買ったり、1元の味付きクレープみたいなものでお腹を満たしたり、0.5元の塩味のマントウを大事に食べたりしていた。靴は破れ、服は足りず、髪はぼさぼさで帰国費用もなかったから2年間一度も帰国せず、翻訳や店番や広告会社のバイトなどで食いつないでいた。あれは「社会復帰」ではなく「治療からも就職からも家族からも逃げ回っていた逃避行」に近かった。


当然、また鬱になり上海で入院生活になった。結果、強制帰国させられたので次の社会復帰は日本でしなければならなかった。父の家に居候したまま、半年くらいは寝たきりの生活をしていたが、さすがに見かねた父が「何でもいいから働いてくれ」と言い出し、私は手作りで「出張家庭教師、中国語教えます」という張り紙を作って近所に貼り出しに行った。当たり前だけど一件も電話は来なくて、父は「コンビニのレジくらいできるだろう」と私を近くのローソンへ面接に行かせた。でもそのローソンでは「あなたまだ若くて中国語もできて海外帰りで…こんな田舎のコンビニで働くのはもったいないですよ!」という理由で断られてしまった。仕方なく、近所のスーパーに面接に行ったら働かせてもらえることになったがいきなり週5フルでシフトを組まれてしまい、私は恐怖のあまり泣き出した。で、うつ病で最近まで入院していて社会復帰のための最初の職場なんです、となりふり構わず必死で説明してやっと週2〜3日出勤に減らしてもらった。私は頭の回転が恐ろしく鈍っていて、レジもなかなか覚えられず、品物をカゴにうまく収めることもできなかったから客から怒鳴られてばかりだった。結局、3ヶ月くらいしか続かなかった。


病み上がりの社会復帰は本当に苦しくて急な山道を大きな荷物を背負うよう命令されてひたすら前に前に歩かされているようなストレスと疲労感があって、いつもうまくいかなかった。お金が少しでも手に入るなら、少しでも世間体を保てるなら、どんな仕事でもよかった。とは言いながらも体力が底をついてるから肉体労働はできないし、頭脳もすっかり衰えているから事務労働もできず、結局ケーキ屋さんで洋菓子を売る仕事に就いて、そこは3年くらい続いた。家に持ち帰る業務もないし、短時間勤務を申し出て許してもらい、細々と働いた。この時が一番正常な「社会復帰」に近い状態だったと思う。出かける場所といえば職場と病院だけ、かなりおもしろみのない生活をしてはいたがケーキ屋さんにいる間に結婚して苗字も変わった。私生活はまあまあうまくいっていた。


その後も二回入院した。再び移住した中国での入院で、社会復帰はかなり焦らされた。外国人として働いている以上、あまり現場を離れるとビザを失ってしまうから、一日も早く職場に復帰することは死活問題だった。中国では入院している間に事実上解雇されたこともあり、就労ビザを出してやったんだから不当な価格でビザを買い取れと迫られたこともあった。中国での最後の入院の後、とうとう物価が高騰し続ける中国で社会復帰を急がされることに閉口し、不本意ながらも帰国することにした。またまた日本で社会復帰を試みることになった。その時は実家暮らしではなく夫婦でマンスリーアパート暮らしだったから、半年くらい寝たきりなんて叶うわけもなく、帰国して二週間後くらいには空港免税店で通訳をしていた。まだ精神的にも体力的にも退院してから少しも回復できていなかったので、回転の速い現場でヒールで立ちっぱなしの7時間は非常につらかった。しかもこの時はSHUが働きに出られないほど具合を悪くしていたので少しでも動けるほうの私が無理をしないわけにはいかず、毎朝毎朝空港に週5で出勤するのはもはや意地だった。足が痛すぎて歩くたびに激痛が走り、仕事の他のことは一切何もできなかった。あまりにつらく厳しい「社会復帰」だった。ちょうど中国人観光客の爆買いシーズンにドンピシャで、文字通り国産化粧品が飛ぶように売れ、売り場に並べる暇もなくダンボールから直接中国人の買い物カゴに放り込んでる状態で、残業ばかり頼まれ死ぬほど忙しかった。あれは最悪な社会復帰の一例だった。


やっぱり、病み上がりの一本目の仕事は負担が少なく多少単調でも易しい仕事を選ぶのがいい。私は失敗ばかりして、具合をかえって悪化させてきた。できないことはできないと断り、少しでも勤務の時間を減らして少ない仕事量からスタートすること、心が恐怖を感じ始めたら相談できる相手がいることはマストだと思う。「社会復帰」は本来しなければいけないことではない。でも現実には周囲からそれを迫られるし、自分の自由になるお金を持つことは病状の安定にも自尊心の保持にも少しはつながる。最初からペースを上げて飛ばすのだけは絶対ダメ、後で必ず余計ひどい絶望状態に陥る。精神を病んだら、この世界のシステムがすべて自分の敵に思えてくるのは自然なこと。そこに慌てて飛び込もうとしてはいけない。


ゆっくり、ゆっくり、
易しいことから少しずつ。


それがやっぱり一番だと思うの。



AZU

2017年12月 8日 (金)

結婚9年目〜〜☆

2017.12.8 happy 9th anniversary



じゃーーん!結婚記念日!
ひゃっほーい!ひゃっほーい!

以上。

今日はね、AZUとSHUの記念日だからね、
バァァァ〜ン!とクラッカー鳴らして、
シュポォ〜ン!とシャンパン開けちゃって、
ワイワイ騒ぎたいんだけどね、

今まで辿ってきた道のりを考えたら、
しんみりとするしかなくて、
何度も死の淵まで行きかけた私たちが、
生きてて笑ってて働いてて、
こうやって9年間も一緒に歩いてきて、
……ほんまにありがとう。


SHUくん、約束するね。
いつかキミとね、夫婦アングラーになるよ。
いつかキミとね、アジアを歩き尽くすよ。


这九年来,我拼命地跟着你走,
今天终于能跟上你的步伐了,
我们到底能走到多远?能活到多久?
无需找到答案,只要两个人在一起一切就OK了。
从那天开始一起走到今天,
我和你在一起,这应该是老天的安排。
爱就像一场拔河比赛,一开始就停不下来,
我对你的这归属感让我们紧紧贴在一起,
我有种预感我们或许可以一起走到永远,
没有期限,也没有极限,
我相信我们之间的感情永远不会灭亡。
爱你,爱到永远,我唯一的情人SHU。


(この9年というもの、必死でキミを追いかけて、今日やっと追いつけた気分なんだ。私たち、どこまで行けるんだろう?いつまで生きられるんだろう?いや、答えなんかいらない、2人が一緒にいられさえすればあとは万事OKで。あの日から今日まで一緒に生きてきて、今こうして一緒にいるのはたぶん天の定め。愛は綱引きみたいに一度始まったらもう止めたりできなくて、私がキミに感じてる帰属感が私たちをガッチリと繋ぎ止めていて、なんだか永遠が見える気がするんだよね。期限も限界もそんなもんなくて、2人の間の気持ちはきっと永遠に変わらない。好きだよ、永遠に。たった1人の恋人SHUへ。)



AZU


2017年12月 1日 (金)

泣きたかったんだよ私

幸せな親子。幸せな家庭。
妻を愛する父に、子を慈しむ母。
子供は外で嫌なことがあっても、走ってうちに駆け込んで親の懐に飛び込む。そこは世界で一番安全な場所。決して子供の気持ちを裏切らない、大好きなパパとママがいる場所。


……ってか、そんな動画を見せられて、
心がむしゃくしゃして、
頭がぐしゃぐしゃになって、
無謀運転したくなる気持ち、わかる?
私の腹の中で響くんだよ、あの意地悪い声が。
「あなたもいい子にしてたらこうしてもらえていたのにね」って!


私、いい子にしてたよ!
私、ずっといい子だったよ!
何がいけなかったの?
どうすればあんなふうになれたの?
誰も教えてくれないじゃない、
知ってる。
最初から、
最初から私の分はなかったんだよ!


布団に潜り込む。
窓の外から聞こえる子供の声がうるさい。
静かに怒りを封じ込めたくても、
もう怒りに点火してしまった。
だからなんで!
なんで誰も謝りに来ない!?
なんで誰も本気で怒ってくれない!?
なんで誰も私の目を見ない!?
なんでみんな触らぬ神に祟りなしとばかりに遠巻きに逃げていく!?


怒りに着火。
次々に上がる黒煙と爆発音。
そうだ、みんな死んじゃえ。
巻き込まれて消えちゃえ。
手も足も顔も吹っ飛んじゃえ!


私はいい子にしてたの!
みんなが見てないとこでもいい子だったの!
いい子にしてたのに、
ご褒美ではなくお仕置きしかなかったの!


寒いよ。
寒いよ。
うちに入りたいよ。
だけど内側から鍵がかかってるんだよ。
叩いても叫んでも開かないんだよ。


私、そうだよ。
泣きたかったんだよ。
泣かせてもくれなかった。
おとぎ話みたいに、
私の涙のしずくで何かが始まればいいのに。
泣いたってただ目が腫れるだけで、
世界は何も変わっちゃいないんだ。


怒りが出火。
もう収まらないよ。
燃やし尽くすまで、
全部焦げて無くなるまで、
怒りは鎮火しないよ。



AZU

2017年11月29日 (水)

絶対不可侵の心の聖域

先日、Twitterをしていて教えてもらったことがある。


それはどんな環境下で育ったとしても環境条件では壊せない人格の聖域なるものがあるのではないだろうか、ということ。親がどんなに毒親でも、育児や教育に関心がなくても、お金がなくて貧困家庭でも、離婚再婚不倫が当たり前でも、体罰や虐待や暴力にさらされても、その人がその人たる誰にも侵せない聖域はなんとかして守られていくのではないか?生まれ持った賢さや優しさ、生まれ持った高潔な人徳、生まれ持った善良な性格。そういうのが壊されないまま大人になれた人が存在するのは事実だよね、ということ。


私はそれに同意する。もちろんその生まれ持った良さを十分に活かしたり伸ばしたりするには不利すぎる環境で育ったかもしれない。でも親の愚かさや意地の悪さを受け継がず、愛され慕われる特質をたくさん持った賢い大人になった例は実際にたくさんあるのだ。それを私たちは「聖域」と呼ぶ。絶対不可侵の、その人が自力で守ってきた生来の美しさ。「聖域」を持って大人になれた人は、毒親から自立し毒親と同じ轍を踏まずに生きていける可能性を十分に持っていると思うのだ。


あなたをあなたらしくしているもの。
あなたがあなたであるために守り続けてきたもの。
親や周囲の不利な環境にも左右されなかったもの。
きっとあなたにもその「聖域」があると思うんだ。


私は周りの方に「親がきちんと親の務めを果たしてさえいたらあなたはすごく伸びただろうね」「毒親でさえなかったらどんな優秀な人材に成長していただろうね」と言っていただいたことが何回かある。実際には家庭環境ゆえに叶わなかった夢のほうが多くて、親の経済力のなさゆえに諦めた夢のほうが多くて、不本意な子供時代を過ごしてきたし、今でも状況は劇的に改善したわけではない。相変わらず精神科に通い続けていて、障害名は増えていくばかりで、非正規雇用が精一杯でお金は一向に貯まらない。でもなぜ皆さん、私のことを高く見積もってくださるのだろう?


そういう言葉をかけてくださる方々はきっと、私という人間の能力以上に、私が自分なりに守ってきた「聖域」の尊さを評価してくださっていたのだ、と最近気づいた。私を一言で表すならどんな人?と聞いた時に「あなたは善良だよ、善良な人」と答えてくれた人がいた。聖書の中に「正義感の強い人のために命を捨てようとする人はいないかもしれませんが、善良な人のためには命を張る人があるいはいるかもしれません」という言葉があって、善良であることはきっと表面上の「良い人」である以上に貴重なことなのだ、と教えてくれた。私は自分の汚い部分やずるい部分もよく知っている。だけど自分は良心が正常に機能しているほうだと自分について思う。心を痛めたり心が塞ぎ込んだり、心が憐れんだり心が喜んだり。誰かの痛みを、誰かの不調を、感知した時の私の心の反応はとても人間らしいと我ながら思う。私はいろいろなものがねじ曲がった家庭で育ったけれど、気持ちの善良さを侵されずに生きてこれたのかな、と思うと傲慢だけどうれしく感じる。


どんな環境でも、と簡単には言い切れないくらい悲惨な体験をしてきた人もいる。陰湿ないじめだったり、信用していた人からのレイプだったり、紛争や自然災害だったり、その人が引き起こしたんではない不幸に巻き込まれて人間性をめちゃくちゃに引き裂かれた人もいるに違いない。それまで守ってこれたはずの自らの「聖域」まで汚れたものに思えて嫌悪し始めた人もいるに違いない。自分の人格が大切にしてきた部分を他人に無情にえぐられるのはとてもつらい体験だ。「聖域」なんか、今さら何にもならないんだよ!と言いたくなるくらい心が傷ついてしまった人もいることだろう。


それは本当に悲しいことだ。それでもあなたの「聖域」は本当は侵されていないことを、私は信じる。絶対不可侵だからこそ「聖なる区域」なのだ。あなたがあなたでい続けるために、あなたが今後もあなたを生きるために、誰にも何にも奪われることのない「聖域」が、あなたの心にはある。それを羅針盤として、自分の重力として、つらくとも続く命を生きていってほしい。


そして私もまた、自分だけの「聖域」を言い表すうまい言葉が見つかったわけではないけれど、私が地球にきちんと存在できるようにしてくれる重りが私の心にある。虐待や貧困や精神病でも侵すことのできなかった私の小さな小さな価値は確かに息づいている。それが私の心臓の鼓動を支えているのだとも思う。生きて明日を迎える力も、ごはんを食べて働く力も、自分の心のどこかに私が生まれながらに持つエネルギーがあるからなのだ。


それが自尊心だと思うなら自尊心でもいい。
自分の長所だと思うんなら長所でもいい。
どんな言葉でも自由に表現できるあなたの価値。
それがあなたの「聖域」だ。


すべての子供たちに、
そしてすべての大人たちに、
それがあることを私は信じています。



AZU

2017年11月27日 (月)

我が家の登場人物設定

よく漫画の最初のページにある、登場人物紹介。
あれを真似してね、AZUの家のキャラクターを紹介しようと思いまして。うちの構成員たちはそれほど強烈なキャラはいないんですが、設定が濃ゆいんですよ。


たとえば、犬の菜緒ちゃん。
メス、たぶん9歳か10歳。毛は黒と茶色。ミックス犬。お手やおすわりや待てはできない。伏せはたぶん一生できない。お家の中でおトイレできない。だから毎日2〜3回お散歩に行く。黒い犬で暗闇で存在が見えなくなるため、夜のお散歩の時は黄色いTシャツを着る。シャンプーの後のブラッシングが大好き。ビスケットが好き。


いや、ここまでは普通の犬の紹介なんですが、裏設定もあるのです。


犬の菜緒ちゃん。モランボン幼稚園のかおり先生のクラスに通う年中さん。お嬢様言葉でどストレートな下ネタを言う癖がある。少々控えめなところもあり、世界で一番可愛いのはママ、二番目がかおり先生、自分は三番目だと思っている。かおり先生の男事情にやたら詳しい。好きな男の子はシュナウザーのリュウくんだったが、実はかなりおじいちゃん犬だったことを知り急に恋が冷めた。


猫のナナちゃんもかなりのツンデレで凶暴性と超甘えっ子の二面性を持つメス、たぶん8歳か9歳。茶色が多いトラ猫。猫だが、ドッグフードがお気に入り。気に食わないことがあると噛み技を繰り出して相手に鋭い生傷を負わせる。かぎしっぽで、しっぽを触られるのは大嫌い。


と、まあ普通の猫ちゃんなんですが、裏設定は…


猫のナナちゃん。モランボン幼稚園不登園児。かったるくて幼稚なものが嫌いなため幼稚園には顔を出さない。担任はみゆき先生だが、どんな人かよく知らない。抱っこされるのは好きだが、抱っこした後人間が服にコロコロをかけるのが気に食わない。毛が抜けて何が悪いのか。ダンボールの空き箱に入るのが好きだったが、飼い主の悪ふざけでそのまま発送されそうになったトラウマがあるためあまり空き箱に入らなくなった。


うちにいるリラックマのガリータは…


見かけは胴長のリラックマ。抱き枕という説もあったが今は犬用の枕になっている。実はAZUとSHUが上海から帰国した時、上海に半年間置き去りにされた。理由は、もうすぐ日本に帰ると知っていたのに近所のモールのフードコートで食券を購入し2万元分チャージしてしまったから。チャージした分を使い切るまで上海にいなさいと言われ、しばらく上海に居残りになった。半年後にAZUが迎えに行き、無事一緒に帰国できた。名前のガリータは本名をコロガリータと言い、手足が短く胴が長いため歩くより転がるほうが速いから。


……のように、みんな裏設定がある。


AZUとSHUにも裏設定がある。


SHUがオーストラリア出身で小さい頃はあんドーナツだったとか。AZUがふれあい動物園に行くとウサギたちが「パイセン!」と呼んで寄ってくるだとか。


ここから先は個人情報なので出し惜しみ。


とにかく我が家にはキャラが濃いやつはいないが、設定が濃いやつが多いのである。
以後、お見知り置きを…。



AZU

2017年11月24日 (金)

買い物は全力投球

最近ね、ルンバが欲しいなぁと思うんです。うちには掃除機がないんですが、犬猫がいますから抜け毛がすごくてねぇ…。クイックルワイパーとコロコロで毎日掃除していますが、やっぱり掃除機も必要かなぁと最近限界を感じていて。でも聴覚過敏な私は掃除機の音がすごく嫌いで、だから掃除機本体みたいなフォルムのワゴン車もついでに嫌いなんです。自分が家にいない時にルンバが勝手に掃除してくれてたらいいなぁと憧れずにいられない。


でもうちの場合、ルンバが来たら猫は早速自家用セグウェイとして愛用し、犬はヒィヒィと鳴いて逃げ回るような気がするんです。うちのワンちゃんはクイックルワイパーでも飛びのくので、ルンバが近づいてきたら恐怖に怯えて固まりそう。…あぁ、想像しただけでうちにルンバが来る日はありえない気がしてきた。


掃除機が苦手な私は、買い物も苦手です。買うものはたいていいつも同じものばかりなのであまり迷わないのですが、何が困るかって自分で袋詰めできないのです。レジの人がカゴに整然と詰め込んでくれた品物たちをどうレジ袋に詰めたらいいのか…途方に暮れて品物を一回すべて台に出すので一人でサッカー台を占領しちゃう私。


というわけで、最近はお会計の時にカゴにセットするタイプのエコバッグを使っていて、レジの人が上手に袋に詰めてくれるのでお金を支払ったらそのまま袋を持ち帰ればいいんです。ところが、今日はその袋を車に置き忘れてきてしまい、久しぶりにレジ袋に自分で詰めることに…。もう頭はパニック、袋の底には何を詰めたらいいのか?重いものか?四角いものか?いや、丸いけどキャベツか?玉子は下に置いたら割れるのか?縦にしたら割れるのか?…いろいろ考えすぎてやたら時間がかかり、非常に疲れました。


お買い物の後レジ袋に詰めるのが絶望的に下手な私ですが、なんとスーパーで4ヶ月くらいバイトしたことがあるのです。レジ係で、地元では割と高級な部類に入る人気スーパーだったのですが、私はその時も散々お客さんに怒られていました。「ちょっと!スイカ、下に置かないで!」「なんで冷凍食品の上にお惣菜置くの!」みたいな怒号を毎日受けつつ、お釣りも間違えるし、レシート途中で破っちゃうし、渡すべき袋の大きさもわからないし、何をビニールに入れるかわからないし、一度にしなければならない大量の判断がいちいち難しすぎて、臨機応変が苦手なADHDの私には地獄のようなバイトでしたね。


スーパーは本当に戦場。
あまりに不器用なので宅配スーパー勧められるんですがね、私はカートを押すのとポイント貯めるのが超大好きなので頑張ってスーパーに行っちゃうのですよ。


冬はアイスが買いやすくていいですね。
おうちまで溶けないものね。


AZU

2017年11月21日 (火)

私の珍グリッシュ

私は英語が大の苦手だ。
全然センスがない。いや、センスのせいにできないほど構造がまったく理解できないし当然さっぱり喋れない。喋れたらいいなぁと思うし、喋れなくて損してるなぁとは思う。でも努力するための腰が上がらない。職場にたくさん欧米人客が来るので練習の場にはことかかないし、覚えたらすぐ使える最高の環境にいるのに、なぜか英語へのアレルギーは収まらない。


英語を話す外国人に話しかけられると笑顔が4割減くらいになって「イングリッシュスピーキングスタッフぅ〜〜スタッフぅ〜〜」と後ずさりつつ狩野英孝みたいなリアクションをしながらお客さんからフレームアウトするのが常である。センスのなさは口をついて出る英語の怪しさにも現れる。鍵を閉めた後に来るお客さんに「すみません、もう閉店しましたので」と告げる時に「We are over.」と一方的に別れを告げる私。closedも出てこない、とにかくスイッチが英語に切り替わった瞬間、私はどうしようもないポンコツに成り果てる。


英語が苦手になった背景にはいろいろあって、そもそも中学の英語の先生にえこひいきされて3年間嫌な思いをしたことに始まり、高一で中国語を選択してしまい英語を履修しなかったので一年で中学英語をすべて忘れてしまっただとか、高三の英語の先生がcomputerの下に「コムピューター」とルビを振るほど発音が下手だったとか、まぁ人のせいにばかりしてるけど、英語が好きになる要素に過去一つも恵まれなかった。上海では欧米人の同僚や友人がたくさんいたけど共通語は中国語だったし、英語ができなくて困る場面に遭遇したこともなかった。


中国語出来る人は英語も出来る。それ、誰が言い出したかわからないけど全然別物ですし!英語があまりにできなかったから中国語に逃げたんだし、中国語の読み方に慣れたら英語の発音できなくなったし、英語で話しかけられると中国語で答えちゃうし、私はどうも互いに足をとられてる状態。どっちも軽々とできるほど器用じゃないのだ。


職業柄、英語との格闘はまだ続いている。私は外国人観光客を相手に観光案内をする中国語担当だけど、出勤したらいつも一日5回くらいは英語を使う場面がある。せっかくのチャンス、ちょっとは喋れや!と思うのはmountain mountainなのですが、私の口はイングリッシュになると急激にアホになる。英語担当者にうまく引き継げたらいいんだけど、英語担当者が全員対応中だったりすると、外国人に最高度に絶望的な表情を見せつつ「じゃすとあもーめんと」と言う。外国人は優しいから「いや。君でいいんだよ。タクシー乗り場だけ教えて」と言われる。いや、私じゃ私がよくないのだ。


仕方なくボディーランゲージを始め、相手から英語を引き出す作戦に入る。
「Oh, that escalator?」
「いえーす」
「Go up?」
「いえーす」
「And turn right?」
「いえーす」
「OK, I see. Thank you!」
「ゆあ うぇるかむ」


相手に喋らせて、それが間違ってなければよいのだ。私は出川哲朗ばりに「ヘイ!セイ!カモーン!」みたいに相手に喋らせて道案内をするのが最近うまくなってきた。あぁ、情けない。


私の珍グリッシュ。
たぶん一生このレベル止まりだろうな。



AZU

2017年11月19日 (日)

力を奪われる日曜日

苦手な人が訪ねてきた。

対応したのはほんの5分程度なのに

どっと疲れて眠り込んでしまった。

苦手な人というのは思い込みじゃなくて

本当に心身が拒否するんだなと思った。

そんなこんなで

家事もまったくできなかった日曜日。

明日からまた仕事だ。


AZU

2017年11月16日 (木)

手がウンチくさい夕刻

犬を散歩させてきました。
犬のゴールデンタイム、15:00〜16:30。この時刻に散歩に行くことが今まであまりなくて、いつも深夜に不審者のようにウロチョロしているものですから、他のワンちゃんにあまり会わないのですが、今日は犬の友達に16匹も遭遇しました!そうなんだ、犬って普通このくらいの時刻に散歩するんだ…。知らんかった。


うちのワンコ菜緒ちゃんは黒柴ちゃんに抱きつかれて、怖かったのかキャンキャン鳴いて必死で逃げていました。犬よりも犬を連れてるおじさんに大好きポーズで絡みつく菜緒ちゃん。しっぽを微妙に振りつつ、体の大きな犬に明らかにビビっている菜緒ちゃん。自由に走り回る若い柴犬を見てあっけにとられる菜緒ちゃん。


いつも猫と生活している菜緒ちゃんは、犬よりも猫とお友達になろうとします。猫がいると絶対吠えずに、でもぐいぐいと「お友達になってオーラ」で近づいていきます。どうせ逃げられるんですが、猫ちゃん大好きな菜緒ちゃんです。


で、菜緒ちゃんは朝も夕方もバッチリウンチをしてくれた。手を洗ったのになぜか自分がほんのりウンチくさいので、今もう一度洗ってきました。犬の飼い主にとってワンコにウンチをさせるのは一日の中でも最重要事項。私とSHUのチャットの9割が「なおウンチした」「なおウンチまだ」みたいな犬のウンチ情報です。夫婦の一日の最大のミッションが菜緒ちゃんにウンチさせることなので仕方ないのです。……平和ですね。


ちょっと臆病だけど、ちょっと遠慮がちだけど、ちょっと警戒心強いけど、菜緒ちゃんはまじめにうちの娘をやってくれています。ちなみに猫のナナは娘というより女王様です。私たちのことを「おい、下僕」と呼びます。そんなナナちゃんは陽当たりの悪い我が家でなんとか陽を浴びようと、陽の隙間で日光浴しています。女王なのに健気です。





影が……バットマン!!


AZU

2017年11月15日 (水)

子供を産まなかったから

うちの夫婦には子供はいません。
今後も作る予定はありません。
そのことで流した涙の量もすごいけど、
そのために安堵したため息の数もすごい。


夫婦二人とも親からあまり世話されてこなかった。夫婦二人とも経済的に親を信用できなかった。夫婦二人とも精神障害があり、体力と気力のキャパが低い。私たちは二人とも、親に対して「なんで産みっぱなしにしたんだ!なんでまともに世話できないのに産んだんだ!だったら生まれてきたくなかった!」という怒りを持っている。同時に「自分の親のようにはなるものか、自分に子供が生まれたら自分が子供時代にしてほしかったこと全部してあげるし、全力で愛してあげたい!」とも思っている。


でも、だからなんだ。
だからうちは子供を持たなかったんだ。


障害の遺伝の可能性とか経済力の不安定さとかいつ具合が悪くなって職を失うか入院するかわからない爆弾のようなこの脳と身体、そんな両親だったらいくら理想が高くて人格が立派でも私たちだったら要らない、ってそう思ったんだ。長男のSHUは身体障害のある両親とコミュニケーションが全くない家庭で小さい頃から一家の主人的な役割を担わされてきた。AZUは親一人子一人の母子家庭で常に母の保護者的役割を、夫役のような役割を演じさせられてきた。子供らしい子供時代なんてなかった。どちらの親も子供を愛してはいただろう、大事に思ってはいただろう。でもその下手な表し方では私たちまで届かなかった。


今でもやっぱり思うんだ。
生まれてきたくなかった。
死にたい、とか死んでやる、とは思わない。
でも、命を疎んでいる。
長く生きたいとは思わない。


命を疎むような人間から生まれた子供は命を愛するようになるのか?両親を信じるようになるのか?のびのびとした子供時代を過ごせるのか?……そりゃみんな言う、子供には幸せになる潜在能力があるのよ、とか産んでみなきゃわからないじゃない、うまくいく可能性も十分にあるのよって。軽々しくそういうセリフを言う人に言いたい。そしたらうちの子供が経済的に困窮しないよう、あなたが20年間毎月10万うちに振り込んでくれるなら前向きに検討しましょう、と。そのくらい自分の言葉に責任を持ってください。子供を一人もつ、そのことが私たち夫婦にとってどれほど自分の過去を揺さぶることになるか。親のコピーのようになってしまった自分たちがさらに負の連鎖を下の世代にコピーさせることは、本当に子供の命への敬意なのか。


私たちは、だから子供を持たない。
本当はね、名前も考えてあるよ。
生まれる前から、存在すらしていないけど、うちに来るかもしれなかった命を心から愛しているから、あまりにも大事だから、だからこそ産まないと決めたんだ。


それについて外野は好き勝手なことを言う。うちに10万振り込み続ける意思もないのに、やたらポジティブな意見ばかり言う。やめてください。うちの子がかわいそう。


障害のある人が、経済力に不安のある人が、親になるのを反対しているわけじゃない。逆にそういう方が周りにいたら全力で応援したいと思う。私は生きようとする子供たちの、子供を産むママの、子供を想うパパの、味方だもの、いつだって。ただ自分はそれを選ばなかっただけ、自分たちの意志でそういう決定をしただけ。


先月、臨月を迎えた同僚が出産のため退職した。彼女が妊娠した、と聞いた日、私は一晩だけ自分のために泣くのを許してあげた。でも翌朝から私は彼女のサポーターに変身した。誰かの妊娠ニュースを聞いたら、私は最初の一晩だけ自分のために泣いてもいいことにしている。でも泣き終えたら、すぐ頭を切り替えて彼女の味方に回るようにしている。それが私のひとつの意思表示。


みんなみんな、元気に生まれてほしい。
障害がある子にも未来があってほしい。
ママにもパパにも十分なサポートがあってほしい。子が一人一人、愛されて育つのを地域みんなで国のみんなで支えていくべきだと心から思う。


うちの子の名前はね、
そんな祈りを込めた名前だよ。


AZU

2017年11月14日 (火)

メイク次第で気分上々

もうすぐ仕事に戻るので、ちゃんと朝起きたら髪を濡らしてブローしてスプレーで前髪整えて、眉描いてファンデ塗ってメイクもしてみた。よそいきの顔を作ればよそいきの気持ちが作れる。髪型がキマっていれば買い物に行くのもグズグズしなくなる。この休み期間中に少し痩せてウエスト周りがすっきりした。ピークだった数ヶ月前と比べたら7キロも痩せたからいい調子だ。


夕食は野菜を主食にしている。キャベツのざく切りを山盛りにしてごま油とクレイジーソルトで。時々鶏のむね肉を茹でて胡麻ドレで食べたり、一口大の厚切り豚肉をステーキ風にしたり、ゆで卵を添えたりタンパク質もばっちり。フルーツの柿やりんごやトマトも忘れずに、オレンジはヨーグルトに混ぜていただく。お腹が空いたらおいしいものをきちんと調理して少量食べ、スナック菓子は厳禁。そんな私にしては美意識高めの生活してたらどんどん痩せたのだ。


朝は眠くなくなる時間まで寝る。すぐに犬の散歩に行って、ちゃんと午前の太陽を浴び、川沿いの芝生を延々と歩く。20メートルを3本くらい、犬と走ってみたりもする。他のワンちゃんと出会ったらいっぱいじゃれ合いっこさせてもらう。ゆっくり歩いて家に戻り、軽く食事したらまた布団に入る。満足げな犬としばしまどろむ。


思いついた時に思いついたストレッチをする。汗ばむほどには運動しない。犯罪のニュースは見ない。怖くなりそうな映画や長いドラマは見ない。Eテレ流して夕方を過ごす、ゆるゆるな毎日。おじゃる丸に倣って想像の中でプリンを食す。めんどくさい人付き合いはしない、LINEするのは心を許している数人とだけ。会社からのメールは溜めに溜め、もうすぐ100通未開封のまま。電車にもバスにも乗らず遠出と揚げ物と人混みは避ける。


私、たぶんリフレッシュできたぞ。ちゃんと、休息らしき休息が、とれたぞ。


そう思えたら、会社に戻っても大丈夫そうな気がする。会社に戻ってからも作戦あるんだ。具合が悪い時は意地張って「大丈夫です」とは言わない。「大丈夫じゃないんでちょっと休んでていいですか」とちゃんと言う。やり方がよくわからない仕事は無理にやろうとせず、それが簡単にできる人に丸投げする。仕事が簡単にできちゃう人はたいてい「本当にお願いしちゃっていいんですか〜」と頼られたほうがうれしいはず。仕事が多すぎると思ったら素直に申し出てヘルプを頼む。苦手な電話対応は言うべきことを完璧にメモしてそれを敬語で読み上げればいい。多動症だからじっとできない、そうしたら「ちょっと倉庫整理してきますね」と言って人目のない倉庫に入って置いてあるものを端から端までじっくり眺めて過ごす。パソコンの前に座って何をしたらいいか途方に暮れそうな時は会社のサーバーのパトロール。カオスみたいなサーバーから開いたことのないフォルダをいちいち開けて読んで同僚の秘密を探り出す。とにかく、上手にサボるんだ。上手にラクするんだ。上手に発散するんだ。


大丈夫だぞ、私。
AZUは辞職しなくても休職しなくても転職しなくても、きっと今のままやっていける。派遣切れになったら、障害オープン就労で短時間働けばいいじゃないか。もうお客様にペコペコするような業務から離れて、クレームを上司に報告するような現場から離れて、意味のない会議であくびをかみ殺す会社から離れて、うんと節約して小さな家に住んだらいいじゃないか。


髪を整えてメイクをしただけで、ここまで脳が整理できたよ。これを明日も明後日も続けよう。


ポンコツはポンコツなりに、
生きていけばいいのだ。たぶん、
こ〜れ〜でいいのだ〜。



AZU

2017年11月13日 (月)

職場復帰が近づくにつれ

私が職場に復帰する日が近づいてきました。ものすごく短かった休養期間、今は職場に戻るのがすごく怖いです。今朝、今までは全くなかったのに急に職場にいる夢を見てうなされました。所長や課長から注意や提案を受けたり、研修に行かされたり、名刺交換してくるよう言われたり、ロッカーをチェックされたり……目が覚めた時、緊張しすぎていたのか両足の太ももあたりが痺れていてなかなか立ち上がれず。会社に行くのが怖くなって布団かぶったまま泣きそうになって、たった半月しか休もうとしなかった自分を恨みました。でも1ヶ月も休んだらそのまま辞めちゃいそうな気もするし。今は仕事辞められないから頑張るしかないのは重々わかってるし。


私が仕事できなくなったら、まず今の家に住めなくなります。当然ペットも飼えなくなります。ワンコとニャンコは殺処分になります。それが嫌だから、泣いても這いずっても、私は仕事に行きます。本当は自分の能力を超えているような業務を求められる職場で、とても怖い。発達障害が邪魔してか、何度説明を聞いても何度マニュアルを作ってもやることがわからなさすぎて、仕事中に急性胃炎に襲われたり嘔吐してしまったり身体もだいぶやられています。本来なら障害者枠で仕事を見つけたほうがいいはずの私が、かなり複雑な業務において高学歴で外国語が堪能な健常者の同僚たちと同レベルであることを求められていて、見た目はある程度華やかな職場ではあるけれど、もう疲れと怖れはピーク。


もっと小さな家で夫婦だけで暮らしていたら、私は働かなくてもギリやっていけるかもしれない。でもペット多頭飼いOKな賃貸マンションで犬と猫を世話しながら暮らしていると、共稼ぎは必須という感じ。うちの旦那はもともと動物が大嫌いでした。私が働けなくなったら犬と猫は速攻捨てる、といつも言います。旦那は親が身体障害があるギャンブラーで、ずっとネグレクトされていたので、自分はいつもお腹をすかせていたのに犬はドッグフードを与えられていることを疎ましく思いながら子供時代を過ごしていた、と聞くと、旦那には旦那の言い分があるんだなと思います。親がギャンブラーだと子は家庭の経済危機にすごく敏感になる。今回私が1ヶ月ではなく半月しか休まなかったのも、収入が少しでも途絶えたり減ったりすることを旦那が極端に嫌がるからなのです。私も自分の休息と引き換えにペットを失うくらいなら、吐いても苦しくても仕事には行こうと思う。


私は諸々の精神疾患があって、精神障害2級です。でも語学を活かして障害クローズで仕事をしていて、結婚して家庭を持っていて、車を運転し親を経済的に支援しつつ犬と猫も飼っているから、よく「障害者の成功例」みたいに見られます。健常者でもそこまでできない人いっぱいいるよ、本当に障害なんかあるの?十分幸せじゃん、現状に満足しなよって何度言われたことか。でも忘れないで。今を維持するのにどれだけの期間投薬を続けているか、ここまで来るのに閉鎖病棟隔離とベッドと便器があるだけの保護室と大量服薬と飛び降り未遂と電気ショック治療を何度繰り返してきたことか。今の生活が維持できているのはめちゃめちゃ無理しているからであって、めちゃめちゃ努力し続けているからであって、決して社会的に優遇されているからでも環境や才能に恵まれてるからでもないんだよ!夫婦ともに精神疾患を持ちながらも家庭を平和に保つよう、人に迷惑をかけずに生きるよう、どれほど心と身体をすり減らしているか!決して「成功例」と簡単に言ってほしくはないんだよ!


上には上がいる、下には下がいる。
それが人間の世です。
誰かと比べても、誰かと競っても、何にもならないのが人間の世です。自分の荷物は自分で背負って、自分の選択には自分で責任を取って、自分の病気や障害は自身で受け止めて受容していく、それしかないんだよ。もちろん「お互い様」なのが人間の世でもあるから、私も周りからたくさん助けられているし私が他人に貢献している部分も多少なりともあるのでしょう。だから窮屈なほど卑屈にならずに、私は私の今の生活を守ることに一生懸命になるだけ。旦那を愛し、犬と猫を愛し、家庭を愛する。そしてそれが十分に上手くできていないとはいえ、最善を尽くそうと努力している自分の存在と尊厳を認めてあげる。今は、それしかできないんです。


今週の途中から、私は仕事に復帰します。また制服を着てカウンターに立ちます。心と身体は十分に元気にはなっていません。まだ対人恐怖は続いているし、業務の8割はよくわかっていないことだらけだし、仕事の後輩たちに知識も能力もどんどん追い抜かされています。本当はすごく怖く、すごく不安で、すごく辞めたいです。


でも私には守るべき存在があるから、ちゃんと闘う。あと数日、休養期間があるけれど、メソメソ泣いたりイライラしたりせずに、やるべきことをひとつずつこなす。布団から自分を引っ剥がすのは毎日大変だけど、私の働く一日一時間、一分一秒がワンコとニャンコのごはんになるんだもの、ちゃんと守ってみせる。


ちょっと震えたりもするけど、


コートの中では泣かないわ。



AZU

2017年11月12日 (日)

ホルン協奏曲さえあれば

今、カフェにいる。

モーツァルトが流れている。

気分が落ち着く。

でも無性にのどが渇いている。

カフェにいるのになぜだろう。

パンケーキにシロップかけすぎたからだろう。

というわけで、カフェでモーツァルトの

ホルン協奏曲に包まれているというのに

のどがカラカラである。



AZU

2017年11月11日 (土)

犬の不調から来る不調

うちのワンコ、菜緒ちゃんが具合悪くなりました。
お尻のあたりが痛いのかしっぽを丸めて下げっぱなし、階段も普段なら駆け上がるのにうさぎ跳びのように一歩一歩進むので精一杯、お尻をつけて座るのが痛いようで寝るのもよっこらしょ、という感じで…。


いつも元気満タンなワンコだけに慌てふためいたAZU。(菜緒ちゃんが死んじゃう!)と思い込んで最初に思い浮かんだのがネットでペット霊園を調べること。死んだら保健所に連絡するのか?警察か?どこで火葬するのか?と頭が混乱し、そのうち(落ち着け、尻が痛いだけでそんな簡単に死んでたまるか)と思い直して、動物病院に連れていった次第です。ほんま、すんません。


で、結局お尻が炎症を起こしていたので抗生物質と炎症を抑える薬をもらい、垂れ耳さんにありがちな外耳炎にもかかっていたので耳を洗う薬をもらい、(よかった、まだ死んでない…)と胸をなでおろしているところです。しかし菜緒ちゃん、妄想型飼い主ゆえに死ぬ仮定で突っ走ってすまなかった。


何はともあれ、よかった、よかった。
菜緒ちゃんは抗生物質をそのままあげてもすぐ吐き出すので、鰹節をまぶしたら自分から食べてくれた。えらい子です。耳洗いも難しそうだけど頑張るぞ!


私は動物が大好きすぎて、動物といる時だけめちゃめちゃいいやつになるので今日旦那が初めてこんなことを言いました。「菜緒ちゃんを見送ったあともAZUには犬がいたほうがいいかもなぁ。AZUは犬がいると本当に優しくなる。これからもずっと飼おうか?」旦那は今までペット大反対派だったので、こんな言葉を引き出せただけで私は本当にうれしくなりました。もちろん今飼ってる犬と猫は最期まで大切に責任を持って面倒をみる。まだその後のことは考えられないし、考えないようにしてるけど、私が心から菜緒たちを大切にしていることが伝わってうれしかったよ。


それにしても犬がお尻引きずっただけで(死んじゃう!ペット霊園!)と慌てているようでは、まだまだ飼い主半人前ですね。私は本格的に動物を飼ったことが実はあまりなかったので、知識も経験も未熟すぎて犬の前でアワアワしちゃう。私が恐る恐るやってたら菜緒ちゃんも怖くなっちゃうよね、ママ、一人前になるからね。


今、菜緒ちゃんが私の膝にもたれてすやすや寝てて、超幸せです。


AZU



2017年11月10日 (金)

My精神病の由来と行方

今ね、髪の横の毛を伸ばしてるんです。横に広がってた前髪を減らして、横側の前髪を後ろの毛と一緒に束ねられるよう伸ばしてるんです。それというのも、美容師さんが「えーっこんなに前髪広い人初めて見ました!普通横の毛って黒目のキワか目尻あたりから始まるんですよ、えーっえーっ!」と大げさに驚いて私を威嚇したからで、(小池栄子ほど広くないですけど)と非常に不満に思いながらもさすがに気になって、黒目のキワより外側の前髪を伸ばし始めたのです。でもさ、テレビでも電車内でも女の子の髪型観察してるけど、黒目のキワから横の毛始まってる人なんていないよ?!前髪逆に狭すぎるじゃん!ほんとにこのまま伸ばしてて大丈夫なのか?……私は人の意見に必要以上に左右されてしまうジカジョーな女子です。


で、本題。
精神疾患を負う人にはみなそれなりの原因があります。遺伝的要素だったり育った環境だったり、親の接し方だったり学校や職場での不遇だったり。原因がはっきりしない人もたくさんいるだろうし、原因がわかったからといって状況が劇的に変わるわけでもない。私の場合は何が原因だったんだろう…と考えると、片手じゃ足りないほど思いつくんです。よく私のことをサラッとだけご存知な方は「お母さんの虐待がひどかったからでしょう、だからお母さんを赦せる日が来たら病気も改善しますよ」とか「仕事で無理をしすぎたんでしょう、思いきって仕事を長期間休んで心身ともに休息を取ればよくなりますよ」とか言ってくださる。でもそれはどれもたくさんある原因の一つでしかないんです。そこだけ解決してもまだまだ足りないんです。


きっと精神疾患をもつみんながそうだと思うんです。いろんな原因が複雑に絡み合って発症したのだと。たった一つの解決容易な問題にそこまで一生を翻弄される人はいない、やっぱり病気になった原因ってそこに至る線が何本もあると思うんですよ。だからこそ精神科の診断は難しいんだし、精神科の治療は試行錯誤の連続。ウイルスや細菌みたいな感染経路や病気の悪玉がはっきりしてればいいんだけど、そこがうまく説明できないから困ってるんです。人間の脳は宇宙にも例えられるほど複雑で機能的で、だから何かの周期がちょっと狂ったり、地軸がちょっとずれたり、科学ではまだ未解明な天変地異が起きたりすると宇宙はたちまち崩壊しそうになるんです。今の精神科医療はまだまだ脳という宇宙の玄関をやっとノックし始めたようなもので、肝心なことは結局何もわかってない、とも思うんです。


私の脳がショートし始めた理由は片手では数えきれないと言ったけど、その中には絶対に人に話せないような理由もあります。絶対に、というより打ち明けるなら相当人を選ばないととても話せないような。そして一旦話してしまったら自分の脳の崩壊が加速しそうで、だから話せないような理由もあります。2分診察の医師には永遠に話せないでしょうし、カウンセラーをつけてもらったところでやっぱり話せないと思うんです。「自分をさらけ出して」「過去と向き合うことを恐れないで」って言うのは簡単ですけどね、今かろうじて保っている宇宙の均衡を自らぶっ壊しにはいけません。そういう人、案外多いんじゃないかしら。病気の原因は自分ではわかっているんだけど、それを表に出せない人。治療に前向きでない、とか医療に非協力的だ、とか言いたい人には言わせとくしかないくらい、深い深い傷が脳にあるんだからそれを触りに来ないでほしい。


My精神病の由来と行方。
私には行方は分かり得ない。行方が知れたらいいのに。同じように病気の原因が人には言えない理由で、それゆえに苦しんでる人に言いたい。無理やり傷口をひらかなくてもいいはずよ、と。少なくとも私はそうしないよ。だから病気は治らないかもしれないけど、でもだからこそそれ以上広がらない傷でもあるんだ。


言えないってつらいよ。
でも言わされるのはもっとつらいよ。
言って否定されたらもっともっとつらいよ。


だから大丈夫。
あなたの宇宙の平和のために、
喋らないっていう戦略もある。



AZU

2017年11月 9日 (木)

体重計とにらめっこ

会社休んでる間に3キロ痩せる、という目標を立てたんですが2キロは達成しました。というか、体重って瞬間的な指標なんですよね、1分前に乗った時より300グラム落ちてたりだとか、お風呂前に測ったら1キロ増えてたりだとか、からかわれてる感ハンパない。うちの体重計大丈夫なのか?!


まぁ、見た目が痩せてきているのでよしとして。


今年の初めと比べたら7キロ落ちたんですよ。そう考えたらダイエット、上手くいってる。


私は太ったり痩せたりがなかなか激しいほうで、みるみる太ったりみるみる痩せたりを繰り返しています。ま、全体的にはぽっちゃりさんなんですが、ひどいと2週間で5キロ痩せたり、逆に2週間で5キロ太ったりします。SHUは「自分がAZUに空気入れで空気を入れたり抜いたりしてるからAZUが痩せたり太ったりするんだよ」となかなかメルヘンなことを言ってくれますが、やっぱり身体への負担は大きいよね。


結果にコミットさせたいが、
つらい思いはしたくない。


なかなかわがままな、ダイエットオタクです。


AZU

2017年11月 8日 (水)

私がハロプロ好きな理由

私は通称ハロプロ、ハロー!プロジェクトのアイドルさんたちが大好きです。え?それ何?と思ってもグループ名を聞けばわかるはず!あのモーニング娘。'17の事務所ですよ。他にも、アンジュルムやJuice=Juice、こぶしファクトリーにつばきファクトリー、カントリー・ガールズなども所属していて、ちょっと前までは°C-uteやBerryz工房という大御所もいました。


なぜ好きになったか、はたぶん2014年頃にブログ仲間さんから「モー娘。いいよ!」と紹介していただいて、動画を見るようになってからハマりました。今じゃ顔と名前がみんな一致するし、カラオケで振り付けつけながら歌も歌えちゃう、オバさんながらもいっちょ前のファンになりました。ただし、「在宅」といいまして家で鑑賞するタイプのオタクです。ライブに行ったりイベントに行ったりはまだしてない、小心者のオタクです。


でもハロプロにハマり始めてから、にわかに「趣味」らしきものができたので私にしては健全な出来事だと思っています。今まで好きな歌手も好きなアイドルもいなければ流行ってる歌もあまり知らなかった私は、テレビを観ても応援してる人がいないからあまり盛り上がらなくて、とにかく誰にも何にも興味が湧かなかった。うつ病のさなかにいる時って、世界全てが色を失うような感じで何を観ても心が動かなくて体も動かない。


でも2014年の終わり頃にモー娘。の第12期メンバーが発表になり、年明けから本格的な活動に入るというニュースが舞い込んできた頃。私はどん底のうつ状態で入院していたのですが、友人にふとこんなこと聞かれたのです。「ねぇAZU、今死んじゃったら惜しいなぁと思うこと、何かない?」私は泣きじゃくりながら「い、今死んじゃった…ら、えぐっ、モー娘。の新曲が…えぐっ…観れない…泣」と言ったらしいのです。私は12期メンバーが参加する新曲をとても楽しみにしていて、それが出るまで死ねないって、どうやら本気で思っていたようなのです。


笑い話のようだけど、ハロプロの女の子たちの歌やダンスが大好きになっていた私は、自死を思いとどまらせるくらいの勢いで新曲を楽しみにするようになっていたんですね。でもこれが私にはよかったんです。ハロプロの良さって、最初から完璧に仕上がったアイドルがセンセーショナルなデビューを飾る、というのではなく、最初は歌もダンスも叩き上げで外見もおよそアイドルには見えないような素人の女の子たちが大きな夢だけを頼りに実力とファンを少しずつ獲得しながら本物のアイドルに育っていく、その「育てる過程」のおもしろさにあって、女の子たちが「アイドルになりたい!人を感動させたい!」という幼い頃からの夢を不断の努力で実らせていくその一人一人のストーリーが魅力なのです。彼女たちが成長していく過程に自分の病気からの回復を重ね合わせて、(〇〇ちゃんもあんなに頑張ってるんだから)(〇〇ちゃんが苦手だったダンス、あんなに進歩したんだから)と己を叱咤激励するオバはん。そりゃちょっとは怪しいですが、健全な起爆剤じゃないですか!


今もハロプロの新曲が出るたびに「あぁこの子の歌い方、自分の個性見つけてのびのび声出せるようになったなぁ」だとか「この子は外見も垢抜けてアイドルとして一皮むけたなぁ」だとか「この振り付けで遅れを取らないなんてこの子ものすごく努力したんだなぁ」とか、もう母親目線で喜んでおります。母親目線だからね、箱推しなんですよ。つまり、特別に応援している子がいてその子だけに夢中、というより全員愛おしくって仕方ない派です。グループという箱ごと愛しちゃってる、箱推しです。単推しはね……いっぱいいすぎるんですわ。


思えば私は自分が小中学生の頃、歌ったり踊ったり演じたりすることが大好きで、本気でそういうレッスンを受けたくて、でもそんな経済力はうちにはないし、地方都市にはなかなかチャンスもない。だから自分で演劇の台本を書いてみたり、歌を作ったり、鏡の前で振り付けをつけてみたりして遊んでいました。あの頃の自分をハロプロ研修生に入れてあげたいなぁって今すごく思うんですよ。根性がないからすぐ泣いて辞めちゃいそうだけど、あの頃の自分は舞台に立つと場の空気を変えてしまうような、そんなオーラのあるアイドルに憧れていたから、せめてプロの厳しさを教えるために自分をハロプロに入れてあげたかったですね。


そんな子供時代の夢も重ねつつ、応援しているハロプロ。華やかな裏でとても厳しい世界だと思うけれど、笑顔で最高のパフォーマンスを見せられた時の爆発するような喜びは、オバちゃんもぜひ共有させてもらいたい!


これからの活躍も楽しみにしているよ!


それにしても今日は自分をオバさんと呼んだり、オバはんと呼んだり、オバちゃんと呼んだり、ずいぶん老けたものだ……。



AZU

2017年11月 7日 (火)

ハンドメイド3日で飽きる

私の友人に凄腕のハンドメイド作家さんがいます。彼女が百貨店やデパートに出店する時は私も店番の手伝いに行ったりしてます。彼女の作る作品は女子のハートを鷲掴みしてしまうものばかりで、他の作家さんの作品と一緒に並べると売れ行きの差は歴然、毎日断トツトップの売り上げで今では企画会社の稼ぎ頭。店頭で品出しなど手伝っていると「えっ!これも手作り?!どうやって作ったの〜〜??」とビックリしてしまうような高度なテクニックの持ち主で、技術やデザインをパクられるほどハンドメイド界ではそれなりに名を成した方なのです。


で、私は手先が不器用に生まれついているため、彼女のお手伝いをするとしたらショップカードをデザインするとかエクセルで精算書や請求書を作るなどパソコンに頼ることしかできないのですが、作るのを見ていると自分にもできそうな気がしてきてどうしてもやってみたくなってしまうのが悲しいサガ。100円ショップでレジン液だのレジン型だの押し花だの買いまくって、家でこっそりピアス作りなどやってみるわけです。でもレジンが乾かないうちに触って指紋をつけちゃったり、お花が裏表逆だったり、ピアスの金具がうまくつけられずキィーッとなったり、やっぱりプロのようにはいかない。凝り性のAZUはそれでも1日20〜30個もピアスを作ってしまい、売り物にもならないのに使い切れないほど作りすぎて途方に暮れておりました。友達にあげるにはレベル低過ぎだし、自分で使うには多過ぎだし。ならば、と今度はキーホルダーを大量生産。……余計出番なし。


そのうち「もうやーめた」と凝るのも早いが飽きるのも早い私。もうどうでもよくなって、残ったのは大量のレジン液。これだから何一つ極められない。「まーた無駄遣いして!これ余った材料どうすんの!?」と旦那にも叱られる。でも飽きたもんは飽きてしまったんであるから、もう要らないのである。引き出しの奥底にしまわれて、たぶんもう陽の目は見ないであろう者たち。


ハンドメイドはね、熱しやすく冷めやすい人が生半可な気持ちで手を出したらダメなやつだ。私のその友人みたいに、中高生の頃から商品になるような作品を作り続けてその道を極め、たくさんのお得意さんがつくようになって個人事業主としてハンドメイドで食っていけるようになる、そういう人をにわかに真似しようとしたって無理だ。一瞬創作意欲に燃えたAZUだったが、全くの三日坊主でもうハンドメイドにはすっかり興味を失ってしまった。情けないものである。


今は……何に興味あるんだろうね?私はこれといって趣味がない。人に聞かれると「油絵とか中国茶が趣味です」って聞こえのいい答え方してるけど、実際は上手くもないしハマってもいない。私は子供の頃、ひとつも習い事をしていなかった。だから「私はこれができます!」って言えるものが昔からひとつもなくて、ピアノも弾けないし習字も下手だし運動はまるでダメだし、可哀想なくらい趣味にも関心にも乏しいのである。


でもね、最近そんなAZUにも夢ができたのだ!
それは一眼レフ女子になること!
私は写真の撮り方なんて専門的なことは一切わからないけど、自分なりに構図を考えて写真を撮って加工するのは微妙に得意なのだ。


いつか、SHUが釣りをしてる横で海や川や森や魚や空をたくさん撮ってみたい。


あっという間に興味を失いがちな飽きっぽい私だけど、写真は本物の趣味にしたいなぁ。


ってか、一眼レフ女子に憧れたのも宮崎あおいさんのCMからなので本当はあおいちゃんになりたいのかもしれない。それが本音かもしれない。


ミーハーな、ミーハーな、
AZU

2017年11月 6日 (月)

障害者枠で働く心意気

今は障害クローズで働いている。
ぼんやりとだけど、次に転職するとしたら障害者枠で探そうかなぁと思ったりしている。


障害者枠って一旦踏み込んだら後戻りしづらいような気もする不思議なゾーンである。例えば私は一般就労の仕事もこなせるし割と上手くできるほう。ただ、いい状態が続かない。仕事の能力的には決して健常者に劣ることはないのだが、スタミナが決定的に足りないのでそこを考慮してもらいたくて障害者枠を考え始める。しかし障害者枠はフルタイムが多く、仕事内容が単純で収入は圧倒的に低い。私みたいな「仕事はできる、量が少なければ理想」という人向けではないのだ。私は高時給で短時間働きたいから、障害者枠は行くべきか行くまいか…悩みどころなわけ。


プログラミングとかweb関連の仕事はできないし、今までの経歴はほとんど接客サービス業だし、適度に人と接し適度に変化のある職場が理想なのだが、障害者枠っていうのは接客よりも変化のない繰り返し作業のイメージがあるし、なんというかイマイチ一歩踏み出せない私なのだ。


私が過去やった職業で向いていたものベスト3
①酪農牧場で乳牛の世話。搾乳、掃除、餌やり。
②外国人の非就学児を集めて勉強を教える教室。
③中国の大学や語学教室での日本語教師の仕事。


私が過去やった職業で向いてないものワースト3
①ウェイトレス系。中華料理屋も日本料理屋も。
②日本語学校事務職。仕事が永遠に終わらない。
③国内旅行の添乗員。乗り物酔いで死にかける。


まぁ、こうみると一番好きなのは動物相手の仕事で、これはもう一位を譲れないほど動物の世話が好き。この間天気の良い休日に観光牧場に旦那と遊びに行った時も、牛に餌をやっていた飼育員のおじさんに「牧草はチモシーですか、食いつきいいですねぇ」「この子たちは一年目ですねぇ」とか観光客ならぬ絡み方をしてしまい、おじさんに「今、人手不足なんだ。ここで働いてくれないか?残業はさせないから」と頼まれてしまったほどだ。牛は本当に大好きで、牧場で働いていた時は搾りたてのノンホモ牛乳を毎日4リットルもらって帰り、牛乳料理ばかり作っていた。時々、牛肉の塊ももらうんだけど食物連鎖とはそういうものだとあっさり理解しているのでありがたくパクつき、牛の世話の合間に山の斜面に勝手に生えてるほうれん草をレジ袋いっぱい収穫して持って帰り、完全に牧場で養われていた。犬に猫、いたちにたぬき、キジまで自由に出歩く牧場で、私はあの牛舎の独特なにおいも実は好きだし、完全にストレスフリーな職場だった。


人間相手となると勝手は違うが、子供相手はかなり好き。私は非就学児の3、4年生のクラスの担任だったけど遊んでばかりでロクに授業もせず、ふざけてばかりの楽しい時間だった。外国人の子供たちだから最初は一切言葉が通じず、身振り手振りと表情で会話してばかり。なんで泣き叫んでいるのかなんで笑い転げてるのかよくわからんけど、一緒に泣いて一緒に笑ってだんだん意思疎通がうまくなっていく。子供相手も本当に好きな職場で、それは相手が中国人の高校生〜大学生になっても変わらず、たぶん「AZU先生!」と呼んで慕ってくれる生徒がいる教室で勉強を教える仕事は、私にとってもう1つの天職だったかな、と思う。


今では動物相手も子供相手もなかなか就けない職業だ。東京で高時給で短時間労働で、と思ったらやっぱり語学を使った事務とかサービス業しか私には残されていない。毎日もふもふな者たちに囲まれてウンチの掃除とかしたいんだけどね、残念ながら都心にはそんな仕事ないね。牛に私の背中でよだれふかれて、私は牛の背中で鼻水ふいて、そんなのほほんな職場はもう近くにはない。


で、話は戻って障害者枠での仕事なんですが、これがまた足元を見られたような求人ばかりで理想と現実はかなり違う。障害特性を活かし、得意分野では実力を発揮して、できないところはフォロー受けつつ、みたいな理想とは違うわけだ。障害者枠で働くかどうかは、次の仕事を探す時すごく迷うだろうな。一般枠で働くことに不安を感じつつも、なかなか足を踏み出せなさそう。


今、仕事を休業中なんですが、
会社からのメールをひらかずに溜めるのにハマり。
現在24通未開封。


結構快感です。



AZU

2017年11月 4日 (土)

ブログ三連休

関係者様各位


平素よりお世話になっております。

標題の件についてお知らせ申し上げます。

世間三連休につきトランプ氏が来日してしまい、

当ブログも東京駅のコインロッカーのごとく、

一時閉鎖させていただきます。

但し、コインロッカーより早く開放となります旨、

ご理解賜りたく、ここにご報告させていただきます。


何卒宜しくお願い致します。


AZU

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