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2017年11月29日 (水)

絶対不可侵の心の聖域

先日、Twitterをしていて教えてもらったことがある。


それはどんな環境下で育ったとしても環境条件では壊せない人格の聖域なるものがあるのではないだろうか、ということ。親がどんなに毒親でも、育児や教育に関心がなくても、お金がなくて貧困家庭でも、離婚再婚不倫が当たり前でも、体罰や虐待や暴力にさらされても、その人がその人たる誰にも侵せない聖域はなんとかして守られていくのではないか?生まれ持った賢さや優しさ、生まれ持った高潔な人徳、生まれ持った善良な性格。そういうのが壊されないまま大人になれた人が存在するのは事実だよね、ということ。


私はそれに同意する。もちろんその生まれ持った良さを十分に活かしたり伸ばしたりするには不利すぎる環境で育ったかもしれない。でも親の愚かさや意地の悪さを受け継がず、愛され慕われる特質をたくさん持った賢い大人になった例は実際にたくさんあるのだ。それを私たちは「聖域」と呼ぶ。絶対不可侵の、その人が自力で守ってきた生来の美しさ。「聖域」を持って大人になれた人は、毒親から自立し毒親と同じ轍を踏まずに生きていける可能性を十分に持っていると思うのだ。


あなたをあなたらしくしているもの。
あなたがあなたであるために守り続けてきたもの。
親や周囲の不利な環境にも左右されなかったもの。
きっとあなたにもその「聖域」があると思うんだ。


私は周りの方に「親がきちんと親の務めを果たしてさえいたらあなたはすごく伸びただろうね」「毒親でさえなかったらどんな優秀な人材に成長していただろうね」と言っていただいたことが何回かある。実際には家庭環境ゆえに叶わなかった夢のほうが多くて、親の経済力のなさゆえに諦めた夢のほうが多くて、不本意な子供時代を過ごしてきたし、今でも状況は劇的に改善したわけではない。相変わらず精神科に通い続けていて、障害名は増えていくばかりで、非正規雇用が精一杯でお金は一向に貯まらない。でもなぜ皆さん、私のことを高く見積もってくださるのだろう?


そういう言葉をかけてくださる方々はきっと、私という人間の能力以上に、私が自分なりに守ってきた「聖域」の尊さを評価してくださっていたのだ、と最近気づいた。私を一言で表すならどんな人?と聞いた時に「あなたは善良だよ、善良な人」と答えてくれた人がいた。聖書の中に「正義感の強い人のために命を捨てようとする人はいないかもしれませんが、善良な人のためには命を張る人があるいはいるかもしれません」という言葉があって、善良であることはきっと表面上の「良い人」である以上に貴重なことなのだ、と教えてくれた。私は自分の汚い部分やずるい部分もよく知っている。だけど自分は良心が正常に機能しているほうだと自分について思う。心を痛めたり心が塞ぎ込んだり、心が憐れんだり心が喜んだり。誰かの痛みを、誰かの不調を、感知した時の私の心の反応はとても人間らしいと我ながら思う。私はいろいろなものがねじ曲がった家庭で育ったけれど、気持ちの善良さを侵されずに生きてこれたのかな、と思うと傲慢だけどうれしく感じる。


どんな環境でも、と簡単には言い切れないくらい悲惨な体験をしてきた人もいる。陰湿ないじめだったり、信用していた人からのレイプだったり、紛争や自然災害だったり、その人が引き起こしたんではない不幸に巻き込まれて人間性をめちゃくちゃに引き裂かれた人もいるに違いない。それまで守ってこれたはずの自らの「聖域」まで汚れたものに思えて嫌悪し始めた人もいるに違いない。自分の人格が大切にしてきた部分を他人に無情にえぐられるのはとてもつらい体験だ。「聖域」なんか、今さら何にもならないんだよ!と言いたくなるくらい心が傷ついてしまった人もいることだろう。


それは本当に悲しいことだ。それでもあなたの「聖域」は本当は侵されていないことを、私は信じる。絶対不可侵だからこそ「聖なる区域」なのだ。あなたがあなたでい続けるために、あなたが今後もあなたを生きるために、誰にも何にも奪われることのない「聖域」が、あなたの心にはある。それを羅針盤として、自分の重力として、つらくとも続く命を生きていってほしい。


そして私もまた、自分だけの「聖域」を言い表すうまい言葉が見つかったわけではないけれど、私が地球にきちんと存在できるようにしてくれる重りが私の心にある。虐待や貧困や精神病でも侵すことのできなかった私の小さな小さな価値は確かに息づいている。それが私の心臓の鼓動を支えているのだとも思う。生きて明日を迎える力も、ごはんを食べて働く力も、自分の心のどこかに私が生まれながらに持つエネルギーがあるからなのだ。


それが自尊心だと思うなら自尊心でもいい。
自分の長所だと思うんなら長所でもいい。
どんな言葉でも自由に表現できるあなたの価値。
それがあなたの「聖域」だ。


すべての子供たちに、
そしてすべての大人たちに、
それがあることを私は信じています。



AZU

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コメント

久しぶりに覗いてみたら、帰っていたんですね(◎´∀`)ノお帰りなさい(゚ー゚)

絶対不可侵の心の聖域は、自分も同感ですね。
“地球にきちんと存在できるようにしてくれる重りが私の心にある”
いい響きですね。その通りだと思いますよ(^_-)
うん、すごくいいですね。AZUさんにはその聖域に対する感謝もある。
上目線な言い方ですみません。でも、自分もあるのはわかっていたけど信じられなくなっていたことがあるので。不安になることもあるので。
今一度、心の聖域、再確認できた感じです。有り難う( ˘ω˘ )
書いて、表現してくれてありがとう!

Kharisさん

わぁこんにちは!
見て下さってありがとう!
聖域はね、ありますよ、あなたにもあの子にも、こんなポンコツなAZUにさえあるんだもの。それがあるから地に足をつけて立っていられるんですよね、今日も今この瞬間も。
また時々覗きに来てね。
楽しみに待ってます!

AZU

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